■Lesson1 オートバイに乗ってみたい! そんな女性が増えたワケ・・・
講師: 井形マリ 先生
女性ばかりの二輪インストラクターグループ、チームマリの創設者であり、代表を務める。
日本人としては史上2人目の女性国際A級ライダー。
ロードレース引退の翌年、1988年にチームマリを結成。
以後、妹で元世界GPライダーである井形ともと、女性ライダーの普及・育成・指導をライフワークとする。
講師: 井形とも 先生
姉であるマリさんが代表を務める、チームマリのスクール企画責任者。日本人としては史上4人目の女性国際A級ライダー。
世界グランプリ選手権(125ccクラス)に唯一日本人女性としてフル出場を果たしたグランプリライダーでもある。
MFJ公認インストラクター資格を有し、初心者から上級者のロードライダーまであらゆるレベルのライディング指導に活躍中。
お二人揃って、女性ライダー向けの2つのメインプログラムであるビューティ・サーキットレッスンとチームマリ・モーターサイクルレッスンで、
2006年度の女性ライダーへの指導は年間延べ700名を超え、積極的に活動を展開中。
VINICE
最近、高速道路の二人乗り規制緩和や大型スクーターの登場など、オートバイに乗る人を見かけることが多くなったと感じますが、女性のライダーも増えているようです。
今回は、日本人としては史上2人目の女性国際A級ライダーで、現在女性の二輪インストラクターグループ「チームマリ」の創始者・代表でいらっしゃる井形マリさんにお話を伺いました。一緒にお話を伺った妹の井形ともさんは、史上4人目の女性国際A級ライダーであり、世界グランプリ選手権(125ccクラス)に唯一日本人女性としてフル出場を果たしたグランプリライダーでもあります。
どちらかというと女性には縁遠いと思われるオートバイの世界でご活躍されているお二人に、女性の乗るオートバイ その魅力について教えていただきます。
女性がライダーになるきっかけ
VINICE
現在、女性のライダーが増えていると聞きますが、そんな中、女性対象のライディングスクールを主宰されていて、どんな方々が参加されていますか?
井形マリ先生
「チームマリ」設立当時は20代から30代の女性ライダーが中心でした。それがここ3、4年ほどで、40代から50代の方がとても増えてきました。スクール参加者の6、7割がこの層ですね。この年齢層の参加者の特徴は、驚くことに、初めて乗る方が多いんです。若い頃に乗っていて久しぶりに乗る、いわゆるリターンライダーではない。子育てを終えた頃に、何を思ったのか、バイクに乗ろうと思い立ったようです(笑)。都内などでは女性ライダーが多くなってきています。颯爽と走る彼女たちを見て「かっこいいな」と思って始める人もいます。
VINICE
パワフルですね!
井形マリ先生
免許は教習所に行けば、そして時間をかければ、どんな方でも比較的簡単に取ることが出来ます。ところが免許取得後にバイクを購入すると、乗りこなすことが大変なんだと初めて気が付く。バイクって、見た目のかっこよさと実際に乗ったときの難しさとのギャップがとても大きい乗り物ですから。昔と比べてバイク自体の性能は格段と良くなっているので、だいぶ乗りやすくなってきてはいるんですけどね。そうは言っても、大抵のバイクは車重が約200㎏もあり、筋力の無い女性が乗り回すのは本当に大変です。他のスポーツと一緒で、意識して体の各部を使わないと上達しないんですよ。そこで皆さん困ってしまう。それでもバイクから降りようとしない、パワフルな方がたくさんいます。
VINICE
オートバイはスポーツなのですね。交通・移動手段というイメージがありましたが、改めて言われるとレースもスポーツですよね!
井形マリ先生
結構体を動かしますよ、スクールの現場を見ていただくと分かると思いますが。体を動かして技術を身につけ、そしてツーリングなどを楽しむ乗り物なんです。技術習得という点においては、女性は男性よりも時間がかかりがちなんですよね。女性が苦手な機械を相手にしているということもありますし、筋力の差もありますから。でも、少しずつではあっても確実に上達していくことが実感できるところにスクール参加の目的があり、やりがいに繋がっているみたいです。
VINICE
いるみたい・・・!?(笑)
井形マリ先生
主婦の方は「留守中の主人の食事を作っておいた」と言う方が多いですし、お子様がいる方はきちんと預ける所を探していらっしゃる。そこまでしてスクールに参加するのは、スクールが「自分だけの楽しみ、やりがい」となっているからでしょう。
ほとんどの女性ライダーは、テニスから旅行まで、いろんなことを経験・体験してきています。そんな方々が「なにか刺激的なことをやってみたい」と言って、オートバイに目を付ける。昔はただ「やってみたいな」という漠然とした夢だったのが、「やるんだ!」という現実的な意気込みを持って始めると、病み付きになるようですね。スピード感や、コーナーで車体を倒すこと等、普通と違う刺激を感じることができるから。
女性ののめりこみ度は大きいですね。40~50代の方なんて本当に熱心。何回も通うし、それができるだけの金銭的余裕もある。スピード感が虜になるようですね。その感覚は人によって60キロの場合もあるし、100キロの場合もありますが、歩く速度とはあきらかに違う感覚に魅了されるのです。
ライディングスクールへ通う
VINICE
そういう方たちが安全に走れるようにと、スクールがあるのですね?
井形マリ先生
スピード感を楽しむ方が安全に走れる場の提供というより、町中を走ることに困っている方をサポートするのがスクールの本来のあり方だと思っています。「かっこいい」と思って免許を取り、バイクも買った。ところが乗ってみるとUターンはできない、車庫から出せない、倒したらまず起こせない…。ご主人が乗っていないのに、ご本人だけ始めた女性も少なくありません。周りに聞く人も、助けてくれる人もいない。困惑している女性が本当に多いのです。
そんな苦境に立たされていても「どうにかしたい」と考えるパワフルな女性は、インターネットなどで調べて私達のスクールにたどり着きます。
引き起こしや車庫から出すための取り回しに苦労するのは、女性ライダーならでは。男の人は、力でなんとかなりますから。男性が「車庫からバイクが出せなくて、バイクをやめた」なんて聞いたことありません。でも女性には、こういったことが原因でやめた人が大勢いるんです。引き起こしのコツ、狭い車庫から出すコツをつかまなければ、女性は先に進めないんですよ。だから私たちのスクールのレッスンはそこから始まります。受講生が男性ばかりのスクールでは、まず考えられないカリキュラムです。
男性が多いスクールから技術習得の道に入った人でも、私達のスクールに流れてくる人が多数いるのも、こういった「女性ならでは」の視点が評価されているのでしょう。「男性インストラクターも男性受講生も、私の悩みをわかってくれない」と思案の末、インストラクターも受講生も女性だけという私達のスクールを探し当てたという方が、ものすごく多いんですよ。
VINICE
なるほど。
井形とも先生
何千人という女性ライダーと接してきましたが、キャリアウーマン率が高いんですよ。普段着の彼女達を見ると、見た目ではバイクに乗っているようには全く見えない方ばかりです。会社ではバイクに乗っているなんて知られていない、というような。
教師や看護師などの堅い職業の人、一流企業のOL、社長として自ら経営を指揮している人。職業も様々です。
もちろん専業主婦の方もいます。共通しているのは、オートバイは高価なものだからでしょうか、裕福な方が多いですね。
井形マリ先生
ハーレーダビッドソンに憧れてオートバイに乗る女性もとても多いんですが、新車で買うと軽く100万円を超えますし、ヘルメット等の装備品も高価なものですから、ある程度のお金が必要な趣味なんですよ。
それにしてもハーレーは女性に対するイメージ戦略が上手ですね。お店も綺麗だし、イベントのやり方もうまい。ファッションも含めて全体的に「ハーレーに乗る生活」をイメージさせています。男性はエンジンやフレームなど機械に対する興味から入る人も多いですが、女性はほぼ100%見た目から入ります。だからハーレーに憧れて免許を取得し、初めてのバイクが1000cc以上のハーレーという人もいるんですよ。
VINICE
すごいですね!
活動はどんな地域で?どんな地域の方々がいらっしゃいますか?
井形マリ先生
主には、埼玉県、栃木県、静岡県、三重県、そして茨城県です。ホンダさんの系列である安全運転施設である「交通教育センター」やサーキット等を借りて活動しています。
ホンダさんは、バイク4大メーカーの中でも特に熱心に安全教育分野に取り組んでいるメーカーなんですよ。
今年はオートレース協会さんとも縁があり、茨城県の筑波サーキットや福岡県の飯塚にあるオートレース場を借りてライディングスクールを開催する予定になっています。
井形とも先生
バイクは大きい音が出るので、住宅街の中にある教習所を借りて活動するのは難しい面があるんですよ。ホンダさんの交通教育センターを借りる良さは、立地面だけでなく、レンタルバイクがあるというのも大きいですね。その他の場所では自分のバイクで受講していただいているのですが、そこまで自力で来られないような方が切実にスクールで習いたいと思っているわけで…。
ですから講習会場まで電車で通って、レンタルバイクで練習するというのが初心者ライダーの受講傾向としてあります。
それを繰り返した末に、会場までバイクに乗って来られるようになる。
VINICE
スクール自体は、1回どれくらいの時間をかけるのですか?
井形マリ先生
1日で5時間ぐらいです。初級・中級・上級と3つのクラスに分かれて進行しています。会場によっては初中級・中上級の2クラスもありますが。上級クラスの中には、参加回数20何回なんていう人達が多いんですよ。初級の方たちは上級クラス見て「自分もあんなに格好よく走れるように頑張ろう」と思い、参加回数を重ねていきます。
何回も来るとお友達ができるというメリットもあります。40代以上の初参加の方は「他の参加者は若い方ばかりで、浮いてしまわないか」と思いがちなのですが、参加してみると40代以上がたくさんいることに気が付く。「この年齢でバイクと格闘し、それでも楽しもうとしているのは私だけじゃないんだ」と、スクールを通じてできた仲間が励みになるわけです。そのうち乗れるようになると、その仲間でツーリングに行ったりしています。
VINICE
確かに既存のお友達だけで同じようにオートバイに乗る人を探そうとすると難しそうですが、スクールに来てそこで仲間も探すことができるのはいいですね!
井形とも先生
女性だけの輪が広がるだけではなく、男性の輪も広がってきました。講習風景を見学に来るご主人やボーイフレンドもたくさんいるんです。見学に来る男性陣は、ほとんどが自らもバイクに乗る方。そういう男性陣同士のつながりもできているみたいです。
ツーリングへの想い!期待!
VINICE
チームマリでは、ライディングスクールとは別にツーリングなどのイベント運営もされていますね?
女性のツーリングは、根っから好きな人が多く遠方の現地集合・現地解散ツーリングに台風でも来ると聞きますが・・・?
井形マリ先生
私達マリ輪クラブ(マリリンクラブ)は会員数が1000名を超えており、年1、2回ほど会員対象のツーリングを企画しています。以前、岡山の先までツーリングするという企画をしたことがあるのですが、台風が来ていたにもかかわらず参加表明者全員が来ましたよ。女性のツーリングの楽しみは現地に着いてからのおいしい食事や仲間とのおしゃべりだったりするので、台風なんてもろともしない(笑)。いいモノ、美味しいモノを知っている彼女たちに満足してもらえるよう、宿泊場所はとても気を使いますが。
井形マリ先生
イベントに関しては女性限定にしていません。同伴者OKとして、ご主人やボーイフレンドも一緒に参加できるようにしています。1回のイベントの参加者数は、だいたい70名ぐらい。100名いってしまうと安全管理等の目が行き届かないので、70名が限界ですね。70名でも全員で走るのは難しいので、10名ぐらいずつのグループに分けて走行します。同伴の男性は頼りになりますよ。ベテランライダーが多いので、グループのリーダー役をお願いしています。チームマリのスタッフは全員女性なので、積みきれない荷物を持っていただくことも。女性集団をさりげなくサポートしてくれる男性ばかりで、感謝しています。
VINICE
なるほど。
さて次回は、井形さんご自身のオートバイに乗るきっかけ、そしてレース界でご活躍されていた頃のお話を伺います。
■Lesson2 ロードレースに参戦! 男性ばかりの世界で戦う強さ
オートバイ、そしてレースへの道
VINICE
井形さんご自身は、どういうきっかけでオートバイに乗るようになったのですか?
井形マリ先生
とても単純な動機なんです(笑)。私が高校生の頃はオートバイに乗る人がとても多くて、少なくとも私の周りの男子はみんな乗っていました。通学に使用するのは禁止されていたのですが、怒られても隠れながら乗っていったりして。若い人が自由にオートバイを楽しんでいた時代でしたね。女子が乗るのは珍しかったですけれど。
高校卒業後は、ただ「バイクが好き」というだけでホンダに就職しました。コピーとかを取る、普通のOLです。でも、この就職が人生の転機になりました。
VINICE
普通のOLだった井形さんが、レースに出るようになったきっかけは?
井形マリ先生
ホンダに勤める人たちは、多かれ少なかれバイクや車などが好きな人ばかりです。社内にもレースに出るようなチームがありまして、趣味で、簡単に言えばサークルのような二輪同好会みたいなものがあったんです。モトクロス、トライアル、ロードなどのレースに参加するチームで、入社後すぐに入部しました。筑波サーキットなどのレースを見て、そのスピードレースの世界をとても面白いと思ったんです。でも1970年代後半という時代のレース界は、女性が門前払いされていた時期でした。女性ライダー自体も珍しくて、社内にもあまりいませんでしたね。もちろん、サークル内も女性は私ひとり。男性ばかりの部室は本当に汚かったなぁ(笑)。入部したとはいえ、最初は先輩たちから全然相手にされませんでした。それでもしつこく通って、先輩のレースの手伝いをした。2年ほど経った頃、「そろそろ井形に乗せてみる?」と言ってもらえたんです。そして20歳ではじめてレースに出させてもらえました。
VINICE
嬉しいですね!
井形マリ先生
20歳ぐらいの若い頃って、やりたいことが見つからない人がたくさんいますよね。それなのに私はオートバイのレースという「やりたいこと」が見つかって、本当にラッキーだったと思います。
井形マリ先生
レースというのは、最初は誰もが一番下のクラスからはじめていきます。その後、成績次第で上のクラスに上がっていくという構図になっています。すべてのクラスを見回しても、女性は私以外に小沼賀代子さん(女性で1番目に国際A級ライセンスを取得)いう状況で、男性だらけの世界に入っていったのです。また、私たちの前に女性レーサーの先駆者と言われる故 堀ひろこさんという方がおり、当時「女性はレースに出られない」という規約があったのですが、彼女が直談判して撤回させたんですよ。彼女の功績があったから、私達がレースに出ることができました。
VINICE
男女の差は、大きいものですか?
井形マリ先生
筋力の差こそありますが、技量さえあれば互角に戦うことが出来ますね。ただし競技ですから、ものすごく負けず嫌いじゃないとやれないですよ。
男の人って、こちらの実力がついてくると結構意地悪になるんです(笑)。格下と思っていた女性社員が目立ってきたら妨害する男性って、仕事場でもいるじゃないですか。レースも同じで、競技中にぶつけてきたりする人もいました。それを何とも思わないぐらいの気の強さがないと、男の人と同じ土俵でやることはできません。
VINICE
それはルール違反では・・・!?
井形マリ先生
ルール違反ではない程度に、ね。男性の根底には「バイクは女性が乗るものじゃない」という気持ちがあるのかもしれませんね。そんな女性に負けるなんて男性のプライドが許さない、ということでしょう(笑)。
女性ライダーというのは、普通の交通社会においても差別にあいがちなんですよ。公道で普通に走っていたのに幅寄せされたという話は、本当によく聞きます。
VINICE
そんな状況の中で勝ち抜いてきたなんて!
井形マリ先生
本当に負けず嫌いなんです。妹は、もっと自然体に負けず嫌いですよ。
ワールドGPの世界、その凄さ
VINICE
ワールドGPなんて、ものすごい壁ですよね?
井形とも先生
ワールドGPの世界でも、もちろん女性は私一人でした。
でも差別はなかったですよ。ロードの最高峰レースですから、そこまでのレベルに達している一人のライダーということで周りも認めてくれました。
井形マリ先生
ワールドGP参戦権を手に入れたということは、国内戦をきちんとした成績で通過した証。出場できる人が限られた、とても高いレベルのレースなんです。
井形とも先生
GPレーサーは、もちろん皆とても負けず嫌いでした。イタリア人などは、それはもう本当にすごかった。共倒れ覚悟でバイクを寄せてきますから。
GPを走って実感したのは、バイク文化に対して日本とヨーロッパでは大きな感覚の差があるということです。ヨーロッパでは、ゴールデンタイムにGPレースが放映されるぐらい地位が確立されています。巨人戦などのプロ野球中継の時間帯にレース中継がされているというと、理解しやすいでしょうか。一方、日本では深夜放送枠に流れる程度ですよね。また、日本のレーサーはレース以外に仕事を持っている人が多いけれども、ヨーロッパはそういう人は少ない。レーサーの多くが、お金持ちの人でした。
井形マリ先生
レースは出費がかかるんですよ。ワールドGPともなると、莫大な額になる。メカニック、スタッフなど全て自分で雇い、全員を引き連れて現地に乗り込むんです。マシンもお金をかけないといい状態に仕上がりません。とても大きな額が動くので、マネージメントも大変です。スポンサーがつかないと参戦することは不可能ですね。
でも最終的には「才能が全て」です。ライダーの才能に惚れ込んだ人が金銭的負担やマネージメントを買って出てくれる。妹の場合は、女性ということもあって多くのスポンサー企業が付いてくれました。
井形とも先生
井形マリの妹というだけで、ものすごい期待をかけられましたね。でも元々が慎重な性格なので、最初のうちは速く走れなかったんですよ。「やめた方がいい」と言われた事もあります。レースは、参加することに意義などない。勝たないと意味がない世界なんです。
VINICE
なるほど。
次回は、その後の現在の活動を始めた経緯や、今後の目標をお伺いします。
■Lesson3 一から作り上げたスクール これからも伝えていきたいこと・・・
一からスクールを立ち上げる
VINICE
マリさん、ともさんともにレース界の最前線でご活躍されていらっしゃいましたが、そういったレースの世界を引退された後、今の活動を始めるようになったのは?
井形マリ先生
オートバイの世界はとても厳しい世界で、レースだけで食べていくのは非常に難しいんです。レースではスポンサーが付いてくれていたとしても、レースをやめてしまえば「ただの人」なので、お金は入りません。
私がレースを引退したのは、女性ライダーが爆発的に増えた時期でした。そういう方々にライディングを教えてみないかとホンダさんからご提案いただいたのが、今の活動のきっかけです。こうした経緯で、ホンダさんが立ち上げたレディースライディングスクールに講師として参加するようになりました。80年代後半は全国各地のスクール会場に出かけたものです。
やっていくうちに、徐々に疑問が生じてきました。
スクールはホンダさんのマニュアルに沿って行なうものなんですが、レディース対象と銘打っていても、教え方は従来の男性メインのスクールと同じ内容。「男性と同じ教え方では、女性は納得しないのでは?」と思い始めていったのです。
そこで自分の考えたカリキュラムを鈴鹿サーキットに持ち込んで、サーキットの脇にある交通教育センターで教え始めたのが今のスクールの始まりです。
VINICE
一度他のマニュアルで教えた経験からご自身で生み出したものなのですね。
井形マリ先生
最初は本当に試行錯誤の連続でしたよ。女性インストラクターを育てるのも大変で。
今後の目標も、女性インストラクターの養成となるでしょう。
VINICE
女性インストラクターの方々は、レーサー出身の方が多いのですか?
井形マリ先生
レーサー出身もいますが、メーカーなどでインストラクター養成教育を受けてきた方や、私達のスクール参加者だった人の方が多いですね。
今まで約40名程インストラクターを育ててきましたが、女性ですから結婚や出産を機に活動できなくなることも多く、現在実際に活動できるインストラクターは10名ほどです。中には出産後に復帰してきたママさんインストラクターも数名います。
私達のスクールは生徒さんの人数に対してインストラクターの割合が多いのが特徴で、インストラクターの確保や養成は常に最重要課題でありまして(笑)
井形マリ先生
私達のスクールでは、参加者30名に対して約4名のインストラクターをつけています。
他のスクールは20人に1人程度のところが一般的なので、7人に1人の割合というのは非常に多いんですよ。インストラクターの多さで優劣が決まるわけではありませんけど。
男性のスクールは、指導者の人数が少ないほうが自由に走れるというのでニーズがあるんです。しかし女性の場合は、指導者の人数が少ないと不満が残ってしまう人が多い。一人一人にたくさん声を掛けてもらいたい、インストラクターと会話を交わしたいという気持ちは女性の方が強いですね。
その分スクール料金は他より高くなってしまうのですが、「高い費用であっても、それに見合うほどしっかり教えてくれるなら構わない」と考える大人の女性から支持されているんです。スクール参加料は警察主催だと数百円、メーカー主催だと5000円程度ですが、私達のスクールは1日1万5千円もいただきます。それでも来てくださる方が大勢いる。丁寧な指導を求める女性が多いという証拠だと思っています。
オートバイのおすすめ!
VINICE
オートバイだからこそ行ける場所、出会える人など、おすすめを教えてください。
井形マリ先生
なによりもおすすめなのは、オートバイに乗る行為そのものだと思います。
行き先がどこというより、ライディング自体に大きな魅力があるんです。
普段と同じところを走っていても、においが違ったり、耳ざわりが違ったり。
車で走っていたら何てことはないコーナーや曲がり角も、オートバイだと曲がるのに苦労することもあります。でも、その苦労が思い出に残る。
そして乗るのが上手になって簡単に曲がれるようになると、成長具合を確認できるのも乗る行為の楽しみとなっていきます。
寒い・暑いなどを肌で感じられるのも、オートバイならでは。その土地を全身で噛み締めているような感覚ですね。
VINICE
確かに車ではそこまで外の空気を感じることはありませんね。
井形マリ先生
車だと空気感もわからないし、同乗者とおしゃべりしてもコーナーは曲がれます。その土地の本質がバイクに比べてわかりくいとでも言うのでしょうか。
車との違いは、絶対必要なものではないという点もあります。交通手段ではなくて、スポーツ・趣味の範疇に入る乗り物です。
要は、高価なおもちゃなんですよ。実用と趣向の違いですね。
趣味の乗り物ですから、オートバイは家から出て乗った瞬間から遊びになる。目的地に行くまでの道のりも、遊びの時間になるんです。車で行くゴルフなどは、ゴルフ場と自宅の行き帰りの道中は単なる移動時間としか認識されませんよね。
また、バイクに乗る者同士の連帯感も、趣味の乗り物だからでしょう。少し遠出のツーリングに出掛けてパーキングエリアなどに入った際、隣に停めた初対面の人とバイク談義が始まることがよくあるんですよ。バイクに乗る人は仲間という意識が強いんです。車でパーキングに入っても、隣の人と話したりしないですよね。
また、ひとりで出掛けて山道などで転んでしまったとしても、見知らぬライダーが誰かしら助けてくれるという話も聞きます。
その不思議な連帯感が、とても心地良いんです。
VINICE
私も個人的にバイクの後ろに乗ったことがあるのですが、乗っている間、バイクに乗っている人がよく目に入ってきました。
車に乗っているときは全く気づかないのに、不思議な体験をしたことがあります。
井形マリ先生
それも連帯感の一種ですね。バイクって、いいものでしょ?
お母さんが教えるオートバイ
井形マリ先生
とは言うものの、死亡につながる事故だって起こり得る危険な乗り物という一面もあります。
車が右折するときに、直進中のバイクとぶつかる右直事故なんてすごく多い。でも危ないからといって遠ざけるのは間違いだと思います。危険を認識した上で、きちんとした格好で、安全マージンを十分にとりながら乗ればいいだけ。
バイクの危険性を理解しきれていないライダーがいるというのも、事実です。ですから私達は、危険があるということをきちんと伝えていきたいと思っています。
井形マリ先生
1996年に免許制度が変わって、教習所で簡単に大型自動二輪の免許がとれるようになりました。
そんな現状であるからこそ、メーカーには安全教育普及活動を推進してほしいと思っています。
その前までは中型バイクに何年も乗って技術を磨いた人が免許試験場に出向き、厳しい試験を受けなければ手に入らない、ステイタスのある免許だったんですよ。今は、免許をとったばかりの女性がいきなり1200ccの大型バイクを購入しています。乗りこなせないのは当然ですよね。売る側の意識もなんだかなぁとは思いますが…。
危険と安全を認識していないライダーが多数存在しているというのは、バイクを禁止している高校が多いことにも問題があると思っています。若い頃は無茶しがちなので、遠ざけたい気持ちは理解できます。でも、若いからこそ学べることもある。体力も吸収力もある若いころにバイクに乗っていれば、技術向上も早いし、ちょっとした危険を体験しながら安全について学んでゆくんですけど。お母さんがかっこよくオートバイに乗っていたら、子どもの安全に対する意識は違ってくるだろうと思うんですよね。私達のスクールには、母と娘で仲良く参加という親子が何組かいます。母親ライダーのほうが参加回数を重ねる傾向にありますね。10代の娘さんは上達が早いので、参加回数が少ない。それにしても活きた教育だなぁと、母親ライダーを頼もしく見ています。お母さんがかっこよく乗りながら「何が安全で、何が危険か」を子供に教えることができたら、その方がずっと現実的です。
VINICE
お母さんからバイクの乗り方を教えてもらうなんてかっこいいですね!
井形マリ先生
40、50代の女性は、家族もある、子供もいる、責任のある仕事を持っている人もいる。バイクが危ないということも理解している。
だから熱心にスクールに通うし、上手に楽しもうとしています。
ライディングスクールの活動を通じてオートバイの楽しみ方を伝え、女性ライダーを徐々に増やしたいというのがチームマリの目指すところです。男性ライダーに対する教育等の活動は男性に任せて、私達は女性ライダーをきちんと応援していきたいと思っています。
VINICE
今回お話を伺い、今すぐとはいかないけれど私もいつか乗ってみたいと思いました。
本当にありがとうございました。
「女性が楽しむオートバイ」ライディングスクールの挑戦女性向けオートバイ雑誌が復刻
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