講師: 塩屋隆男 先生
財団法人 アイ メイト協会 理事長。
1977年入会。歩行指導員、専務理事を経て、2005年理事長に就任、現在に至る。
歩行指導員及びアイメイトの育成に努めるとともに、視覚障害者の自立のための様々な活動を行っている
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VINICE
今回のネットセミナーでは、現在日本でもっとも多くの盲導犬を送りだしている、財団法人アイメイト協会理事長 塩屋隆男さんにお話をお伺いします。
最近、街中や電車の中でも盲導犬を見かけることが増えてきていますが、日本ではいつ頃から、盲導犬が使われていたのでしょうか。まずは、盲導犬の歴史から教えていただけますでしょうか。
盲導犬の歴史
塩屋先生
盲導犬の歴史というのは、それほど古いものではありません。
確実な資料では、1819年ウィーンの神父が、犬の首輪に細長い棒を着け盲導犬として正式に訓練したのが最初です。
その後1916年第一次世界大戦中、ドイツ赤十字のシュターリン氏と、ドイツシェパード協会のシュテファニッツ氏が戦盲者のために盲導犬を育成しようとオルテブルグに学校が設立しました。その後1923年には、ポツダムに国立の盲導犬学校が設立され、多くの盲導犬が誕生し、戦盲者の社会復帰を助けました。
そして、このようなドイツでの盲導犬の活躍を見た米国人ドロシー・ユーステス夫人が、1929年にアメリカ・ニュージャージー州に設立したのが、現在世界で最も歴史と実績のあるThe Seeing Eye,Inc.です。
VINICE
日本ではいつ頃からなんでしょうか。
塩屋先生
日本では、1938年にアメリカのゴルドン氏がオルティという盲導犬をつれて来日したのが初めてで、その後1939年にドイツから、すでに訓練済みの4頭の盲導犬を輸入し、戦盲軍人が使用したのが日本での盲導犬の始まりです。しかし、4頭の死後は盲導犬は絶えたままでした。
そして戦後、アイメイト協会の創設者である、塩屋賢一が独自の訓練方法で日本で第一号の盲導犬“チャンピイ”を完成させたのが、1957年です。実質的には、日本の盲導犬の歴史の始まりは、この“チャンピイ”からとなります。
VINICE
ということは、日本での盲導犬の歴史は、まだ50年なんですね。
それでは、日本で初めての盲導犬を誕生させたアイメイト協会では、どのような活動をされているのでしょうか。
アイメイト協会とは・・・
塩屋先生
財団法人アイメイト協会は、非営利の盲人更生援護施設です。
当初、日本盲導犬学校の名で事業を開始、財団法人東京盲導犬協会として1971年に法人認可されその後1989年4月に現在のアイメイト協会に名称変更しました。
アイメイト協会の使命は、視覚障害者が盲導犬を使って、『尊厳と自信を持ち、自由に出歩ける生活』をするためのお手伝いです。
そのために、素質のよい候補犬を用意。経験豊富な歩行指導員により、候補犬に訓練をし、それが終了すると、盲導犬を使うための技術を視覚障害者に指導する。そして、更に視覚障害者が独立した生活を送れる社会になるよう、また視覚に障害があることと個人の才能は全く別であること等の啓発活動もしています。
この啓発活動の一環として、毎年ゲストをお招きしてのコンサートや、10月の1週目の日曜日をアイメイトデーとしてイベントを開催しています。
今年は、4月15日に横浜のみなとみらいで、オカリナ奏者の宗次郎さんをゲストにチャリティーコンサートを開催します。また、今年はアイメイト協会50周年なので、10月7日には記念式典も開催します。
VINICE
そのようなイベントは、 誰でも参加できるのですか。
塩屋先生
はい。どなたでも参加していただけます。視覚障害者の方もアイメイトを連れてたくさん参加しますので、実際にアイメイトがどんな働きをしているかを見ていただける良い機会です。
是非おいでください。
みんなとてもお行儀がいいですよ。
VINICE
そうなんですか、わかりました。あの~、アイメイトというのはどういった意味なんでしょうか。
塩屋先生
はい。アイは私( I ) 目(Eye) 愛(Love)を表します。
アイメイトは私の愛する目の仲間 なんです。
ですから、私どもの協会では、盲導犬とは呼ばず、アイメイトと呼ぶのです。
盲導犬では、「盲」を「導」く「犬」となり、主役は犬ととらえられがちです。
アイメイト協会では、主役はあくまで、人(視覚障害者)であることを主張し、アイ メイト協会出身の盲導犬には、アイメイトの名称を使っています。
ですから、アイメイト協会のマークには、犬だけでなく、人と犬がデザインされています。
アイメイト協会マーク
主役はあくまで人です
VINICE
なるほど。それではここからは、アイメイトと呼ばせていただきます。
確かに、盲導犬を取り上げた映画やドラマなどを見ているせいか、どうしても犬が主役と思いがちなんですが・・・。
塩屋先生
メディアの力というものはすごいもので、皆さん盲導犬のドラマなどを見て、泣けた・感動したとよく言われるんですが、ここで間違えてほしくないのは、犬が主役ではないということなんです。
ドラマを作るにしても、動物、つまり犬を主役にすれば、視聴率が稼げるという安易な考えから犬を前面にだす構成になってしまうのでしょうが、本来の主人公である視覚障害者に視点をあてないと本当のところは見えてこないはずなんです。
VINICE
たしかに、動物主役の番組は視聴率が上がるので、困ったら動物を使うなどの話も聞いたことがありますし、つい、そういう番組を見てしまうのも事実ですね。
塩屋先生
最近では、盲導犬に対する理解が広まったなどという話も聞きますが、たしかに空前のペットブームで、犬自体に関心が集まっており、犬を主役にすると皆さん飛びついてくるという現象も起こっています。
しかし、犬(盲導犬)にばかりスポットがあたりすぎてしまって、正確な理解がされていないのではと思います。
VINICE
それでは、人が主役であるという部分をもう少し詳しくお聞きしたいのですが。
塩屋先生
そうですね、一般的な盲導犬のイメージとしては、頭のいいスーパードッグがいて、その犬が目の見えない人をひっぱって歩くと思われるのではないでしょうか。しかし、実際はそうではなく犬は訓練されてはいますが、訓練されるということは、人から使われるということを覚えているだけなんです。
VINICE
人から使われることを覚えるんですか?
塩屋先生
例えば、人間の場合、足し算引き算を学校で教われば、お店に行って買い物をすることができますよね。受けた教育を活用できるわけです。ところが、動物はできません。
犬が訓練を受ける・教育されるということは、人から使われることを覚えるだけなんです。
あくまで、人から指示されて行動することを覚えるんです。
VINICE
ということは、きちんと指示をしないとだめということですね。
塩屋先生
そうです。ですから、私どもの一番重要な仕事は、犬を使った歩き方を使用者、つまり視覚障害者に指導することなんです。犬は動物ですから自分で自分を律することはしません。ですから、きちんと指示をだせない人のもとにいけば、普通の犬になってしまいます。ここで、ひとつアイメイト使用者の方の川柳を紹介します。
“盲導犬 人がいなけりゃ 只の犬”
あくまでも 主役は人ですから、そこに視点を置いていただき、盲導犬自体の問題ではなく、その人の社会参加の問題という捉え方をすることを忘れてほしくないんです。
VINICE
なるほど。いままで持っていた盲導犬の認識が変わりました。
次回は、アイメイト誕生までの過程をお伺いしたいと思います。
VINICE
さて、ここからは、アイメイトが誕生するまでの過程をお伺いしたいと思います。
まず、こちらの協会では、今までにどのくらいのアイメイトが誕生したのでしょうか。
アイメイト協会の実績
塩屋先生
アイメイトというか、私どもではアイメイトとその使用者でペアというふうに呼びますが、1957年に“チャンピイ”を送り出して以後、現在までに、997組のペアを送り出しており、この4月28日には1000組を突破します。
VINICE
そんなにたくさん・・・。
塩屋先生
現在日本には、盲導犬を育成する9つの団体がありますが、1000組を超える実績を出しているのは、アイメイト協会だけです。他は多くても400組程度ですね。
年間にすると、アイメイト協会では30~35組送り出しています。
この施設では、常時70頭程度のアイメイト候補犬が訓練を受けているんです。
常時70頭いるアイメイト候補犬たちお行儀よく、ブラッシングしてもらっています。
VINICE
私達の認識では、日本ではまだまだ盲導犬の数が少なく、盲導犬を持ちたくても何年も待たされてやっと持てるというイメージがあったのですが。
塩屋先生
各団体によって違いますが、アイメイトでは申し込みをいただいてから、一般的に、約1年程度でアイメイトをお渡ししています。
VINICE
そんなに早く!意外でした。1頭のアイメイトを誕生させるのにはいったいどのくらいの費用がかかるものなんでしょうか。
塩屋先生
ライオンズクラブが調査した資料によると、5年間(平成11~15年)の収入と実績から算出すると、アイメイト協会の場合は、1頭あたり約608万円でした。他の団体では、1000万円以上かかっているところがほとんどですね。
VINICE
盲導犬の頭数やその育成にかかる費用は、各団体で結構違うんですね。
塩屋先生
はい。現在日本には盲導犬育成のための9つの団体がありますが、各団体がそれぞれ独自の基準に基づいて事業を行なっています。これら9つの団体をまとめる上部組織もありませんし、代表する団体もないんです。ですから、団体によって大きな差があるのです。
アイメイト協会ではいままでの経験に基づいて、訓練方法にも改良を重ね、毎年これだけ多くのアイメイトを送り出すことができるのです。ただこの事業は、皆様の温かいご支援や寄付で成り立っていますので、団体によってこのような差がでてしまうということは、皆様のご厚意の使われ方に差が出ているという点で大きな問題だと考えています。
VINICE
なるほど。まだまだいろいろな課題があるんですね。
アイメイトを持ちたいという場合、何か条件はあるのでしょうか。
塩屋先生
原則、重複障害の方は難しいですね。特に、耳が聞こえないと難しいです。犬を使う場合音の情報はとても大事なんです。
まずは、お申し込みをいただいて、面接をさせていただきます。そこで適正を見ます。一番は、人の力を借りないで歩けるようになるんだという強い意志のある方、依頼心が強く独立心のない方には向いていません。そして犬に対してリーダーシップをとらなければなりませんので、常に理性的に接することができるかも重要です。すぐ感情的になってしまうようではだめです。
VINICE
なるほど。では、逆にアイメイトに適した犬とは、どんな犬なんでしょうか。
アイメイトになる条件
塩屋先生
まず、犬種としては、現在はラブラドルレトリバーを使っています。第1号のチャンピイはシェパードで、以前はシェパードも使っていましたが、最近はラブラドルレトリバーだけですね。そして素質も大事です。素質とは、理解力・記憶力・判断力に優れている、ひとくちで言えば、頭がいいと言えます。ただそれだけではだめで、仕事が好きで、陰日なたなく仕事をするという要素が重要です。
廊下で、お行儀良くじっと待っているアイメイト訓練中のラブラドルレトリバーたち
VINICE
真面目でないとだめなんですね。
塩屋先生
犬にだっているんです。主人がちょっと気を抜くとさぼるのが・・・(笑)
中には、手を抜くコツを覚えるのもいます。まあ、ペットならかわいいで済まされますが、盲導犬の場合は主人の命がかかっていますので、これは大問題です。
VINICE
そんな素質を見抜くのも大変ですね。
塩屋先生
そうですね。このようにある程度素質が求められますので、ラブラドルレトリバーの中からただ漫然と探していたのでは、効率が悪く大変です。ですからアイメイト協会では、素質のよい親を繁殖用として、そこから生まれた子犬だけを訓練しているんです。
VINICE
よく盲導犬になれるのは、10頭生まれても1、2頭だと聞いていましたが・・・。
塩屋先生
これもよく勘違いされることなんですが、先程お話した9つの各団体によっても差があります。アイメイト協会では素質のよい親犬から生まれた子犬しか使っていませんし、長年の経験によって培われた技術もあるので、7~8割は盲導犬になれるんです。
VINICE
だから、アイメイト1頭あたり誕生させるのにかかる費用が、他の団体と差がでてくるんですね。
塩屋先生
はい。長い経験の中で、試行錯誤を繰り返した結果が現れているんです。
VINICE
訓練を受けるまでの子犬たちはどこで育てられるんですか。
塩屋先生
それでは、アイメイトになるまでの流れを簡単に説明しましょう。
まず、アイメイト候補の子犬は、繁殖を受け持つ飼育奉仕家庭で誕生します。
この家庭で、親犬と離乳するまでの2ヵ月間を過ごします。
Photo : Eye Mate
VINICE
飼育奉仕家庭ですか?
塩屋先生
はい。アイメイト協会では、アイメイトの訓練が始まるまでは、繁殖や飼育をボランティアの方にお願いしています。このボランティアの方々をアイメイト協会では、飼育奉仕家庭と呼んでいるんです。
生後2ヶ月になった子犬は、飼育奉仕家庭のもとで、1年間預かっていただき、十分な愛情を注いで育てられていきます。そして、生後1年2ヶ月経つと、いよいよアイメイトの訓練を受けるために協会に戻ってくるのです。
VINICE
なるほど。飼育奉仕家庭としてのボランティアは誰でもできるのでしょうか。
塩屋先生
そうですね、いくつかの条件がありますが、一番は犬の好きな方なら大丈夫です。ただペットとは違いますので若干の注意点があります。
アイメイト協会に帰ってくると、まず1ヶ月かけて、性格観察や健康調整をします。それから訓練が始まります。訓練は、1クール4ヶ月間で行います。最終的には指導員が目隠しをして街中を歩き、訓練の完成度を確認します。1クールではちょっと不安という場合は、もう1クールの訓練に入ります。ただ、2クール訓練をしてもだめな場合は、アイメイトとしての素質なしと判断します。
VINICE
それは、落第ということですか? 落第したらどうなるんでしょうか。
塩屋先生
落第というか不適格となった犬は、飼育奉仕家庭に連絡し引き取られる場合もありますし、他に欲しいという方に引き取っていただく場合もあります。アイメイトとしては不適格ですが、すでに基本しつけはできていますし、素質もよいのでペットとして人気があるんです。
一応引き取っていただく時に 飼い主になる方に訓練内容をお教えしてはいるのですが・・・。
でも、引き取られた先のご家庭でつい甘やかしてしまうと、普通の犬になってしまいます。(笑)
また、老人ホームなどに引き取られ癒しとなって活躍している場合もあります。
VINICE
やはりペットは可愛いから、甘やかしてしまうというのもわかります。
無事合格してアイメイトとなった犬は卒業ですね。
塩屋先生
いえ、違うんです。実はここからが 本当のスタートなんです。
VINICE
え~ 卒業じゃないんですか。では、次回はその後のアイメイトがどうなっていくのかをお伺いしたいと思います。
VINICE
無事アイメイトとなった後、そこからがスタートということですが・・・。
ペアでの歩行訓練
塩屋先生
はい。アイメイトとしての訓練が終わると、こんどは、主人となる視覚障害者とペアでの4週間の歩行指導に入ります。視覚障害者の方には、この4週間はアイメイト協会に宿泊していただき、アイメイトとともに生活していただきます。この歩行指導で、アイメイトに的確に指示を出すことや、アイメイトの健康状態を把握すること等を身につけていただきます。犬をうまくコントロールできなければ、アイメイトの使用は無理ですからね。
VINICE
ペアはどのようにして決めるのですか。
塩屋先生
視覚障害者とアイメイトの相性を見ます。相性には3つありまして、性格的なもの・物理的な大きさ・運動能力の相性です。
運動能力とは、例えばせかせか歩く犬におっとりした方では合いませんし、逆にせっかちな方におっとりっとした犬も合いません。この相性は、指導員が見極めてペアを決めます。
VINICE
ペアで4週間の指導を受けるといよいよ卒業なんですね。
塩屋先生
最後の総仕上げの卒業試験があります。これは、銀座をアイメイトと歩きます。
卒業試験の会場は銀座で行います。Photo : Eye Mate
VINICE
あの銀座の人混みを歩くんですか?
塩屋先生
そうです。この試験がクリアできて、晴れてアイメイトは視覚障害者の目となるわけです。
そして無事卒業されると、アイメイトと視覚障害者だけで、自宅に帰ります。もちろん電車やバス、飛行機などを利用して帰ります。
VINICE
付き添いの方なしで大丈夫なんですか。アイメイトにとっては、初めて歩く場所ですよね。
塩屋先生
それができるからこそ卒業なんです。アイメイトは、どこに行っても対応できるよう訓練されているのです。
決められた場所しか歩けないのでは、視覚障害者が自立できることにはならないでしょう。
VINICE
確かにそうですね。こんな短期間でここまでできるようにするアイメイトの訓練は、いったいどのようなものなのでしょうか。とても興味があります。
アイメイトの訓練方法
塩屋先生
大事なことは、6文字です。それは、“ほめる・しかる”です。
犬の訓練は、すべて体験を通して教えなければなりません。例えば、座るということを教える場合、座る格好を犬にさせ、その瞬間にほめるんです。“ほめる”ということも、ただ単によしよしといって頭をなでてやる程度ではだめなんです。「よくやったな!私もほんとうに嬉しいよ!」と真剣にほめてあげないとだめです。そろそろお昼だし、お腹空いたなー。なんて上の空で訓練をしては絶対だめです。いつも真剣に犬と向き合ってこそ、犬もほめられていると感じるんです。そして、主人が喜んでくれることが自分も嬉しいと感じるようになっていきます。また、叱ることも大切です。いつも安定した動作ができないとか、知っていることをやらないようなときは叱らないといけません。でも、その時も怒ってはだめなんです。あくまでも叱ることが大切です。
「しっかりしろよ、ちゃんとやらないとだめじゃないか」という気持ちで叱ります。
ポイントは、叱る時は、ぱっと瞬間的に、ほめるときは心からほめる、この2つで接すれば、犬は決していじけることはありません。落差がはっきりしているほうが、犬には分かりやすいんです。
ドアノブの位置を知らせるための訓練車が危険だということを教えている訓練障害物を避けて通るための訓練 Photo : Eye Mate
VINICE
なにか上手にできた時にごほうびのえさを与えるようなこともだめなんでしょうか。
塩屋先生
そうですね、ドックフードを与えたり、ボールで遊んであげるような訓練方法もありますが、アイメイト協会ではやっていません。
食べ物やボールでつってやらせると、確かに早くできるようにはなります。ただそれは、まじめに覚えたのではなく、反射動作なんです。これをすればえさがもらえる、ボールで遊んでもらえるという。
それに、ボールを使ってしまった場合、将来視覚障害者と歩いている時にボールが転がってきた時にそれに気がとられてしまったら大変危険ですよね。盲導犬は芸を人に見せるのとは違いますので、そういう意味でも、決して代償を与えることなく、心で接することが大切です。ただ、このようなポリシーで訓練しているのはアイメイト協会だけかもしれませんね。
VINICE
なんだか、人間の子供の教育と同じなんですね。
塩屋先生
そうです。人間の子供でも同じですよ。最近のペットブームで、犬は叱ってはいけない、ほめて教えろなんていうことも言われていますが、決して良いことではないです。犬はどんどんわがままになってしまいます。
ほめるだけではだめで、叱ってルールを教えることも大切です。よく自由奔放に育てるといいますが、自由というのは、ルールが分かってはじめて自由が分かるんです。
子供の時にきちんとルールを教えることで、自由の意味も分かるし、大切さも分かるんです。
ほっぽらかしで育てることが、自由奔放ではないんですよ。
擬人化しないこと
VINICE
最近のペットブームでは、本当にみなさん自分の子供のようにかわいがって育てていますが、そういう姿をご覧になってどう思われますか?
塩屋先生
家族の一員として接することは大切ですが、あまり犬を擬人化して考えるのは、間違いの元です。
例えば、犬に飛びつかせないしつけをしたとします。ところが、留守番をさせて、帰ったとき犬が飛びつこうとすると、きっと嬉しいんだと飛びつかせてしまう、これは間違えで、飛びつかせないしつけをしたいなら、徹底的に飛びつかない指導をしないとだめです。今は嬉しいから例外的に飛びついてもいいんだというのは人間が感じることであって、嬉しいときはいいけど、普段はいけないなどと犬は絶対に考えません。このように犬を擬人化することで、正しく理解することが出来なくなってしまうこともあるんです。
VINICE
確かに、最近ペットを飼っている方のモラル低下を感じることがあります。マンションなどでもペットの問題は結構深刻で、共用廊下におしっこをしてしまったとか、鳴き声・臭いといった様々な問題があります。
塩屋先生
そうですね。犬を擬人化して考える一方で、おしっこをしてしまったりすると、犬なのでしょうがないでしょなどとひらき直ってみたり、矛盾していますよね。
そしてメディアなどでも擬人化して見ることで、盲導犬は自由がない、だからストレスが溜まって短命だ、などと大げさに報道することで、その希少価値を高めたがる傾向があります。
毎日視覚障害者と暮らしている盲導犬が、野良犬を見てあんな自由な暮らしをしたいと考えるかというと、それもただ人間が思うだけであって決してそんなことはないと思います。
アイメイトの寿命
VINICE
実際、盲導犬はどのくらいの寿命なんでしょうか。
塩屋先生
2歳~2歳半で盲導犬となり、約10年、だいたいが12歳の誕生日を迎えるまでは働きます。
能力が衰えるのではなく、体力的な限界がきて引退となるんです。
例えば、バスのステップが登りにくそうになったとか、白内障がでてきたなどで判断します。
VINICE
引退した後はどうなるのでしょうか。
塩屋先生
アイメイト協会では、リタイア犬飼育のボランティア家庭でゆっくり老後を送れるようにしています。
結構申込みが多いんです。できれば、ぎりぎりまで働いて引退というのではなく、ある程度余裕を持って引退させてあげたいと考えています。リタイア犬を引き取る家庭からも、たいへん喜ばれていまして、リタイア犬が来たことで、家族が早く帰宅するようになったとか、夫婦で会話を持つようになったなどという話をよく聞きます。
アイメイトを引退した“カポック”八ヶ岳の家で沢山の愛情を注がれながらのんびりと暮らしています
VINICE
リタイアしても、しっかり社会の役に立っているんですね。そんな すばらしいアイメイトを指導しているスタッフの皆さんについて、次回はお聞きしたいと思います。
VINICE
さて、最終回は、アイメイトや視覚障害者の方々の訓練を実際にされている方についてお伺いしたと思います。まず、スタッフは何名いらっしゃるんでしょうか。
歩行指導員
塩屋先生
アイメイト協会では、犬の訓練だけでなく使用者である視覚障害者にも指導をしますので、訓練士とは呼ばず、歩行指導員とよびます。現在は6名の歩行指導員がおります。
VINICE
歩行指導員になるには、なにか資格がいるのでしょうか。
塩屋先生
皆さん、犬の訓練の専門家だと思われるようで、よく質問されますが、特別な資格はありません。
前にもお話ししましたが、盲導犬の訓練方法は各団体によってみんな違います。
統一された盲導犬の基準もありません。
もちろん視覚障害者への歩行指導の仕方もまちまちです。
アイメイト協会では、歩行指導員になるのに5年かかります。
始めの2年は見習い、3年目から研修生となり、一般的には5年で歩行指導員となります。現在アイメイト協会では、見習い6名、研修生2名、歩行指導員6名という構成です。
VINICE
募集はどのようにされているんですか。
塩屋先生
欠員がでたときに募集をかけます。応募資格として、24歳未満という規定があります。
年齢制限を設けているのは、体力的にかなりきつい仕事だからです。歩行指導の場合、指導員は4週間でだいたい300㎞は歩きます。でも、最近では女性の指導員のほうが多いですね。
VINICE
その他には特に採用基準はないんでしょうか。
塩屋先生
特にはありませんが、まあ犬が好きということは当然ですが、ただ、人間付き合いが苦手なので犬の訓練士になりたいと考えている方では絶対にだめです。アイメイト協会は、犬の訓練だけでなく視覚障害者の歩行指導が重要な仕事なので、人間と接する機会が多いんです。
そして何より、使命感がないとできないですね。
一番困るのは、犬の訓練士と思われることです。犬だけ訓練すれば終わりではないのですから。
VINICE
実際、アイメイトはどのような訓練を受けているのですか。
塩屋先生
まず、主人に服従することを教えます。そして、障害物を避ける、道路の高低差を主人に教える、階段の昇降、道路を安全に横断する、視覚障害者が晴眼者と同じスピードで歩けるよう誘導することを教えます。
例えば、交差点では必ず止まれと教えます。訓練では、実際交差点で車を突っ込んでこさせ、歩行指導員が倒れてみせることで、犬に車は怖い物だということを教えます。そうすることで、交差点で止まって、行けという指示がでても車が来ている時は行かないようになるんです。
これを“利口な不服従”といいます。ここまでのレベルに訓練できるのは、アイメイト協会だけだと思っています。
VINICE
すばらしいですね。きっとそこまでの訓練ができる施設が整っているんですね。
塩屋先生
いえ、このアイメイト協会は約200坪の敷地しかありませんので、教習所のような訓練コースなどは一切ありません。
VINICE
ということは、どこで訓練されているんですか?
塩屋先生
訓練コースでは、自動車の教習コースと同じで、犬はパターンを覚えるだけになってしまいます。
人間はパターンを覚えたら路上にでるということができますが、犬はそうはいきません。
ですから、アイメイト協会では最初から路上で訓練します。路上では常に状況が変化します。そういう状況の中で障害回避を訓練していかなければ実地にはなんの役にも立たないんです。
決まったコースしか歩けないのでは困りますよね。
左手にハーネスを掴み、目隠しをして歩行体験をしました。エポックの足を踏みつける心配はしないで、ハーネスと体を平行にして歩くように指導されました。
曲がり角にくると、エポックは止まり、交差点であることを知らせてくれました。来た道をUターンすると・・・・
必ず道路の左端に寄って、左側通行するのでした。
エポックがなかなかの力強い足取りで導いてくれました。
真っ暗な世界は少々怖かったけれど、信頼してハーネスを握ると、だんだん歩き易くなりました。
VINICE
なるほど、確かにこちらの建物には広い庭もないし、普通の建物ですよね。
塩屋先生
ですから、この建物では視覚障害者が4週間宿泊して訓練をしますが、点字ブロックもないでしょう。
どこでも暮らせるように訓練するための施設だから必要ないんです。実際町に出れば点字ブロックのない場所の方が多いですしね。しいて言えば、部屋名の点字プレートがあるくらいですかね。
VINICE
なるほど。そういえば、段差もあるし、階段も特別なところが何もないですね。
そんなすばらしい訓練を受けているアイメイトを見分ける方法は何かありますか。
塩屋先生
アイメイトは首にアイメイトの文字と番号が刻印された白いプレートを付けています。
一番違うのは、ハーネスの形状です。
アイメイトのハーネスは固定されていて、手を離しても犬の背中の上には倒れません。
また、ハーネスを止めるベルトも3本で、前胸用があるのはアイメイトだけです。
今回お世話になった
『 エポック 』
VINICE
私達が街中で、もし盲導犬を連れた方にであったら、どうしたらよいでしょうか。
私たちができること
塩屋先生
まず大切なのは、犬には一切関わらないでください。
そして一番お願いしたいのは、盲導犬を連れている視覚障害者の方に声をかけていただきたいんです。「こんにちは、何かお手伝いすることはありませんか」でいいんです。その声かけが視覚障害者にとっては一番ありがたいんです。ぜひ、皆さんにお願いしたいと思います。
VINICE
簡単そうでなかなかできないですよね。今後は心がけて行きたいと思います。
その他、何かお手伝いできることはありますか。
塩屋先生
アイメイト候補となる子犬の里親や リタイア犬の面倒をみていただけるボランティアをしていただく他にも、金銭的に寄付をしていただくなど、様々なサポートの方法がございます。
まずは、皆様には盲導犬について正しく理解していただき、そして温かいご支援をいただければと思います。
あくまでも主役は犬ではなく人間です。視覚障害者の自立サポートのため、常に最高レベルを目指し、そのために技術を高めていくことが、私達に課せられた大きな課題だと思います。
そして皆様にも、アイメイトの活躍を暖かく見守り、社会のあらゆる場で理解と支援を進めることが大切であることを知っていただければと思います。
アイメイトと使用者の日常 Photo : Eye Mate
VINICE
今回のお話で、盲導犬に対する認識が、かなり違っていたことが分かりました。
今までは街中で盲導犬を見かけるとどうしていいかわからずとまどってしまうことも多かったのですが、これからは、できるだけアイメイトの使用者に声をかけるようにしたいと思います。
ありがとうございました。
●セミナーを終えて●
このたびアイメイト協会にお邪魔し先生にいろいろなお話をお伺いしました。
一番驚いたのは、この施設では常に70頭の犬が訓練を受けているとお伺いしたのですが、全く鳴き声が聞こえず半信半疑だったのです。ところが帰りぎわに廊下にでて、きちんと2頭のアイメイトが伏せて待っているのをみて、まずはびっくり、そして飼育室を見せていただいきまたびっくり。本当に70頭いたのです。皆きちんとケージに入っておとなしくしているんです。そして、そのつぶらな瞳がなんとも言えずかわいいんです。
本当にお行儀がいいんですよ。
また 今回は、実際目隠しをしてエポック君と路上を歩く体験もさせていただきました。
第一印象、すごく早いと感じたのですが、普通に歩く速度と変わらなかったようです。目が見えないことって本当に大変なんですね。
最初は緊張してハーネスを持つ手にもつい力が入ってしまい、歩くのも恐る恐るだったんですが、慣れてくると、逆にエポック君と自分の歩く速度を自然と合わせるほうが楽だということが分かりました。
交差点ではきちんと止まり、ゴーの掛け声で歩き始めます。途中Uターンをしたのですが、きちんと道路の反対側へエポック君が誘導するのに感動すら覚えました。本当にいろいろな意味でびっくりしどうしのセミナー取材でした。
アイメイト協会では、このように実際に盲導犬との歩行体験を含む見学会も月1度実施されています。
ボランティアや寄付のご協力も合わせ、ぜひ一度、アイメイト協会ホームページをご覧下さい。
アイメイトは私の愛する目の仲間
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https://www.vinice.jp/lesson/1567/